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甥っ子の話

春分の日、姉と甥っ子が遊びにきたので、父も含めて4人で買い物に行った。

父の誕生日が近いので、プレゼントを買いに行ったのだ。

帰り道、姉と父が話があるとすこし先を歩いていたので、私は甥っ子と一緒に帰った。

甥っ子は今小学校1年生なのだが、例にもれず『枝』がすきである。

道々歩きながら、枝を拾っては歩き、さらにいい枝があれば拾いかえる、といった感じだった。

 

私も小さい頃は枝がすきだった気がするのだが、今はもちろん汚いし邪魔だし拾おうなんて思わない。

枝がだいすきだった頃の気持ちが思い出したくなって、甥っ子に聞いてみた。

 「枝がすきだね、どうして枝がすきなの?」と。

すると、甥っ子の答えはこうだった。

「枝をもってると、涼しくなるから」

『涼しくなる』!?その答えに一瞬意味がわからなかった。

枝をもってると勇者みたいな気分になるとか振り回したくなるとか、そういうことじゃないかと予想していたからだ。

詳しく聞いてみると、枝をもってると風が枝にあたるから、風を感じて涼しくなる。だから今日みたな暑い日は特にいい、とのことだった。

もちろん甥っ子はこんな風に理路整然とは喋らなかったけれど、要約するとこういうことらしい。

なるほど、確かに枝をもつとふつうに歩くよりも風を感じるのだろう。予想だにしない答えだったが、言われてみれば納得ができる。

あと持ち手になるところがすこし曲がってるほうが持ちやすいとか、長さも杖くらいの自分の背丈にちょうどいいものがいいとか、そういう話もしていた。

 

けれど結局最後の最後で、「言われるまでなんですきかなんか考えたことなかったな」とのこと。

子どもの気持ちを思い出したいと思っていたけれど、結局『すき』って大きな理由もないんだな。

子どもも大人も、『すきなもんはすき』ってことだ。

でも大人になると、すきに理由を求めたくなるような気がする。

そのことを思い知らされた休日だった。