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オタクの在り方的な話

私はマンガもアニメもだいすきな、いわゆるオタクというやつである。

男性向け女性向け関係なく気に入ったものは毎週見るし、何度も見たくなってDVDを購入することもあれば、アニメであれば原作を買うこともしょっちゅうだ。

ただ、私はアニメやマンガのグッズはほとんど買わない。

スマホまどマギのベベのキーホルダーとマミさんのソウルジェムをつけているが、身の回りを見渡してみてもそれくらいのものである。

 

ラバストとかチャームとか缶バッジとか、正直可愛さがよくわからない。

痛バとかたまに街中で見かけるけれど、正直景観を損ねるなぁとしか感じられない。

私がそれほど若くないせいなのだと思うけど、オタク趣味っていうのは元来隠れてひっそりとやるものだという意識があるからだろう。

あの自分のすきなキャラクターを大々的に宣伝する感じ、とても苦手である。

 

『推し』とか『自担』とかいう言葉もあんまりすきじゃない。

べつにどのキャラがすきだっていいじゃないか。たまにべつのキャラにふらついてもいいじゃないか。

他のキャラにちょっとでも現を抜かすとバッシングされる感じ、本当に息苦しい。

そしていかにそのグッズをもっているかですきという具合が図られるというのもなんだかな、と思う。

「これだけ貢いでるから私のほうがすき」なんて、お金や数値でしか愛情が図れないとは、オタク界隈というのもずいぶん即物的な世の中になったもんだ。

というか、なんですきな世界でまで他の人と張り合おうとするんだろう。

 

アニメやマンガコンテンツのグッズのなにがいやって、なにより使い道がないのがいやだ。

キーホルダーやチャームやラバストだって、そんなにたくさん使えるものじゃないだろう。実用性がないというのがいやなんだ。

いやいや、痛バはすべて使えてるじゃないか!と反論されるかもしれないが、あれは私の中では『使っている』とは言い難い。

たくさんもってることが愛の証明だというなら、私はきちんとひとつを大切に使うことこそ愛着がある証ではないのかなと思う。

まぁ、それも各々の感覚なのだしひとりでも張り合う人がいれば対抗したくなるのが人間の性なのかもしれないな。

 

とはいえ、私みたいに作品のグッズを買わないファンには「本当にすきなら公式にちゃんと課金しろ!」と思われてるらしいし、確かにお金使う方が作成者側にはいいお客さんなのだろう。

私があまり好まないキャラへの愛情表現も、作品のいい宣伝にはなってるのかもしれないし。

どっちがいいかは見る人によって変わるものだ。

どういうすきかはその人が選べばいいことだけれど、こうあるべきだ!って誰かに押し付けるのだけはちがうよね。