掃除の話
掃除がキライだ。
掃除のあとのキレイな部屋は清々しくて大好きなのだけど、掃除することはとてもキライだ。
だって一週間後には同じくらい汚くなるのに、なんで毎週、毎日のように掃除しなくちゃいけないんだ!?となる。
そんなわけで私の家はそんなにキレイではないのだけど、とりあえず付き合ってる人がそこはあまり気にしないのでとてもありがたい。
世の中には毎日掃除をして毎日洗濯をする人もいるらしい。
毎日洗濯機を回しバスタオルからハンドタオルからキッチンの手拭きタオルから全て洗濯し、翌日はちがうものを使うのがふつうだとか、たまに聞くこともある。
純粋にすごいなと思うし女性としても憧れる。
掃除はすきではないけど、べつに不潔でいいとも思ってないし、やっぱり毎日新しいもののほうが清々しいんだろうなとは思う。
でもそういう全てが新品のような清々しさは、旅先のホテルでいいかな、とも思う。
実家が田舎にあるので敷地も大きいし自動的にお風呂も大きい。
そのおかげで旅先の温泉の楽しさが半減した。
だって実家にいるほうが明らかに快適で便利で居心地が良くてお金もかからないのだから。
そういう意味では多少普段の性格で怠けてるほうが、旅先のホスピタリティや非日常感も感じられていいのかな、なんて。
掃除をしたくない言い訳かな。
子どもの頃の話
3月も目前になり、春が近づいてきた。
近所の沈丁花が綻んでいたので、においをかいでみた。
あまずっぱくて懐かしい香り。『あぁ、春だなぁ。』そう思った。
三寒四温とまではいかないけど、三寒二温くらいにはなってきたかな。
つくしを見るのが待ち遠しい。
私は小学生時代、学童に通っていた。保育園も市外の民間のところに通っていたので、幼馴染のような存在が近所にいなかった。
学校での友達はいたけれど、3年生まではずっと学童にいたので、放課後友達と遊ぶということがあまり定着してなかった。
そんなわけで、学童を卒業してからは、週に3回習い事をしていたのだけど、それ以外の日はとても暇だった。
テレビを見たり、ひとり遊びしたりには限界があった。
とはいえお金もない、遠出するにも方向音痴故に土地勘がない。そのため、近所の原っぱで遊ぶことがほとんどだった。
私が当時住んでいたのは集合住宅で、棟ごとに庭がついていた。おもしろいもので、棟ごとに庭もすこしずつ違っていた。
だだっ広いただの原っぱが庭の棟、実のなる植物が生えている庭の棟、庭がない代わりに公園が面している棟、小ぶりの木がいくつも生えている庭の棟、庭が鬱蒼とした針葉樹林に囲まれている棟。
その中のひとつに、日当たりが良くてつくしがたくさん生える庭があった。
団地に住んでいる他の人は滅多に取らないので、当時の私はその伸び放題のつくしを無心でとり、袴を取り、炒めたり卵とじにしたりして、夕飯に並べていたものだ。
つくしに限らず、むかごやのびるをとるのもすきだった。庭のどこに食べられる木の実があるかも知り尽くしていた。ゆすらうめや桑の実、キイチゴ。道はたいてい、植えてある木やそこに生えている花で認識していた。
ただ、春が過ぎるとその庭はただの原っぱになってしまうので、私は主に木のたくさん生えた庭にいた。
その庭には芝の他にクローバーも生えているのだけど、四つ葉のクローバーがわんさか生えるスポットがあったのだ。
四つ葉にとどまらず、五つ葉六つ葉もごろごろ見つかるので、無我夢中で探した。見つけたものは家の広辞苑で押し花にして、イラストを描いて一緒に貼り付け、ブッカーでしおりをつくって家族や友達にあげていた。
なにより、見通しのいい原っぱは一人で遊んでいるのが目立つから、その庭の木に登って隠れて遊ぶのだ。建物自体も端にあったし、庭が建物で隠れていて周りから見えないのも居心地が良かった。
木に登って、その上でマンガを読んだりお菓子を食べたり昼寝したりしていた。春先や秋は木の実がなるので、近所でしこたま集めて周り、木の上でもくもくとひとりで食べていた。
アクティブなのかインドアなのか…今思えば変な子どもだったと思う。
さすがに冬は自分の家で遊ぶことがほとんどだったが、春になると団地の庭に繰り出した。
私の住んでる市の花が桜で、団地に限らず市のそこここに桜が植えてあるのもよかった。
春になるとその花を見ながらうとうと昼寝をするのが本当にすきだった。
スーパーファミコンやゲームボーイがわりと当たり前になっていた時代なので、そういう遊び方をする友達は近所にいなかった。
たまにおもしろがってついてくる友達もいたけれど、私がしていたような遊びは数回もしないうちにたいてい飽きられるものらしい。
私もお小遣いやお年玉を寄せ集めてゲームボーイカラーを買ったことがあったけれど、やっぱり家の中ではなく木の上でやっていた。
ほとんどの時間をひとりで過ごしていた子ども時代だったけれど、不思議なもので寂しかったという記憶もあまりない。
することがなくて仕方なく原っぱで遊んでいたのではなく、もともと自分はそういう遊びがすきで近所の庭をまわっていたんだろう。
今でも街中で子ども時代お世話になった植物を見ると、つい近寄っていってしまう。
よく自然が友達なんていったりするけど、私にとってはまさにそれなんだと思う。
もうすぐだいすきな春がくる。つくしを見るのが待ち遠しい。
風の話
昨日の夕方くらいに引き続き、今日もずいぶん風が強い。
いくつか野暮用があるのだけど、今日は自転車と歩きどちらにしよう。
自転車が進まないような風じゃあ心が挫けるし、かといって徒歩もなかなか進まず寒い思いをするし…
でも天気がいいから歩きにしようかな。
歩いているうちに暖かくなるかもしれない。
いやでも自転車で途中まで行きどこかに止めておこうかな。
風も止むかもしれない。
そうやってうだうだ迷って一時間経過。
とりあえず自転車で行ってみるか。歩きたくなれば自転車引いていけばいい。
いやいや、でも……
LINEスタンプの話
付き合ってる人にLINEスタンプをプレゼントした。
以前私が原因で一度LINEアカウントを消すことになりスタンプやらなんやらが初期化されてしまったという経緯というか紆余曲折があるのだが、べつに悪意があってそうしたとかでもないので割愛。
とにかく、本人は気にしないでと言っていたが、お気に入りのスタンプが無料配布のものでダウンロード期間も過ぎてしょんぼりしていたので、べつのものをプレゼントした。
相手は宇宙兄弟がすきだと前々から言っていたので、宇宙兄弟のスタンプをショップで探した。
いくつもあると困るな~すきなキャラも知らないしな~と思っていたが、幸いにも宇宙兄弟のスタンプはひとつだけ。
というわけで、それを購入しプレゼント。
その後スタンプを見た彼は、子どものようにはしゃいで喜んでくれた。
全部ではないにしてもお気に入りのシーンもあったらしく、さっそく私に送ってくれた。
なんとなくずっと気になっていたのでよかったよかった。
ただ、200円程度のものだったのだが、あまりにも喜ばれすぎてちょっと恐縮するくらいだった。
とはいえ、すきな人の喜ぶ顔は、見ていて嬉しいものだなと思った、そんな今日だった。
ご飯の話
食べることがだいすきだ。
つくることもすごくすきだ。
おいしくて自分が食べたい食材ばかりを入れたご飯をつくり、お酒と一緒にだらだら食べる、というのがだいすき。
ただ、去年の夏に身の周りで大変なことがあり、それ以来食事するのが厳しくなったことがある。
その前に人生において最大のピーク(体重的な意味)を迎えていたのだけど、食べられなくなり1ヶ月もないうちに10キロくらい減ってしまった。
糖質制限だの毎日ウォーキングだのしていた日々がバカらしくなるくらい、あっという間に。
食べないってすごい、と思った。
まぁ、あまりいい痩せ方ではないのだけど。
今はようやく食欲なども落ち着いてきた。
とはいえ、だいぶ胃が縮んだみたいで、前のような量はなかなか食べられないけれど。
それでも、食事がおいしく食べられるっていうのは健康な証拠だ。
春になったら、山菜の天ぷらが食べたいなぁ。
すきだった人の話
20代そこそこで、いわゆる2.5次元舞台(ミュージカル)に嵌っていた。
そのコンテンツ自体は3年程度で卒業したが、原作でいちばんすきなキャラを演じていた役者さんを、それから10年弱追いかけ続けていた。
追っかけをしている中でいろんな人と出会った。
ネットで仲良くなり舞台をきっかけに会うようになった人。
とても仲良くなった人、だけど最終的に修復のできないケンカをした人。
いろんなことがあったなぁ…と思うけれど、今もずっと仲良くしてくれる友達もいる。
それこそ10年来の友達になるのだろうか。
今では舞台だのなんだの関係なく、いち友人としてなんでも喋れる間柄だ。
住んでるところは遠いのに、本当に人の縁というのは不思議なものだ。
ところで、その俳優さんを追い駆け続けなかったのにはもちろん理由がある。
冷めたとか飽きたとか、彼氏・結婚云々ではない。
件の役者さんが逮捕され、活動できなくなったからだ。
逮捕以前からスキャンダルで浮き沈みがあったのだけれど、『こりゃもういかんな』という感じの幕引きだった。
その俳優さんに出会うまで、俳優というものはテレビで見るものだと思っていた。
舞台というのも能や歌舞伎のイメージで、いろんな劇団がいろんな演目をいろんな都市で行っていることを私はほとんど知らなかった。
ファンイベントではじめて会話したときのことはもうよく覚えていないけれど、楽しみで楽しみで、ケンカ別れした当時の友達に服装や髪型をいろいろ相談したのを覚えている。
マナーのいいファンになりたくて、出待ち・入り待ちみたいな行為はぜったいにしなかった。
遠征に行ってもキャストさんが泊まっているホテルがわかっても、乗り込むようなこともぜったにしなかった。
それでもイベントの帰り道、たまたまおなじく帰る途中のその俳優さんと会い、会釈を交わせたことや、手紙が手渡しできるイベントで「あ!これ、いつもくれる手紙!」と、覚えていてくれたことは本当に嬉しかった。
『ファンとして報われた』としみじみ感動したし、この人のファンで居続けたいと思った。
まぁ、そんな思いもむなしく、結局そんな結果でファンを続けたくても続けられない状況になった。
先月、その俳優さんを通じて仲良くなった友達と久しぶり、それこそ3年?4年?ぶりくらいに会った。
お互いのすきなものは変わってしまったけれど、当時の話をするのは本当に懐かしくて楽しかった。
相変わらず好みの男性が似ているのもなんだか笑えた。
「いろんな大変なこともあったけど、なんだかんだあのときが青春だったよね」と、そう言って思い出に浸った。
その後、懐かしい気持ちに駆られてその俳優さんの名前を検索したらしい彼女が、彼が現在は改名して大衆演劇で舞台に立っているということを教えてくれた。
おなじように検索してみると、twitterにも登録していた。現在の写真も投稿されていた。
数年経っているのに、変わらない顔がそこにはあった。
すごく懐かしかったけれど、もうあの頃みたいにときめくような感覚はなかった。
ただひたすら、元気でいてくれてよかったと思った。
そんなわけで、もし機会が合えば未経験ということもあり、大衆演劇というものを見に行ってみたいな、という気持ちで今はいる。
どんな経過を経ていても、やっぱり一度本当にすきになった人というのは、そう簡単には嫌いになれないんだなと思った。
散歩をした話
昨日、日曜日、友達と吉祥寺で会う約束をしていた。
その前に三鷹で些末な用事を済ますべく途中下車をし、時間に余裕もあったので歩いて吉祥寺へ向かうことにした。
方向音痴の私だが、高校は吉祥寺にある学校に通っていたし、当時三鷹に住んでいた男の子と付き合っていたのでここら辺はすこしだけ詳しい。
知ってる道をずんずん歩くのはすきだ。
方向音痴故に新しい場所に立つといつも不安で一歩一歩が重くなるけど、馴染みのある土地は自信もあって楽しく歩ける。
たまにその自信が災いして、小道に入り案の定迷子になることもあるけれど。
三鷹~吉祥寺間は、川沿いを真っ直ぐ歩くのが恐らく一番わかりやすい道だろう。
ジブリの森美術館もあるので、バス停がそこここにあるから現在地がわかりやすい。
今回は以前から目についてはいたが入ったことのない『山本有三記念館』にも立ち寄ってみた。
有料の館内には入らなかったけれど、奥にある記念公園は静かで整然としていて、小春日和の散歩にはちょうどよかった。
中がどうなってるのだろうと冷やかし程度にしか見てこなかったので、次回機会があれば館内含めじっくりと見てみたい。
その前に山本有三の作品をいくつか読んでおかないとな。まるで知らないまま行っても楽しめるものも楽しめないだろうし。
やっぱり『路傍の石』からだろうか。
春がもっと近づいたら、また時間を見つけてのんびり散歩をしよう。